仕事中の事故で高次脳機能障害を負った
高次脳機能障害は、傷病等によって脳が損傷することが原因で起こる様々な障害です。 具体的な症状としては、失語・失行・失認に加えて、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害等が含まれます。こうした障害によって、物忘れや集中力を保つことが難しい、最後まで仕事を終えるのが困難のほか、他者との協調性が低下し集団生活を送る上であらゆる支障が出てしまいます。
(1)高次脳機能障害の特徴
高次脳機能障害は一見して障害があることが判別しにくく、本人の自覚症状も薄い場合やいわゆる病識がない状態として全く症状について自覚がないもあるため、「隠れやすい障害」などといわれることもしばしばあります。そのため、後遺症が残っていることを正確に認定してもらうには、他の後遺症と比べても、必要な検査を適切な時期に実施するなどして、けがや病気により一定の障害の状態にあることを立証するために、労働者本人やその家族の取組みが大変重要になります。特に、本人に病識が無い場合には、ご家族が事故前と違うとの気付きが重要になります。
(2)高次脳機能障害と労災
業務中に生じる高次脳機能障害の原因としては、頭部打撲等による外傷や、脳血管疾患(脳出血やくも膜下出血等)、熱中症、窒息や溺水、心停止、自殺未遂などで、脳の酸素不足が起こり脳がダメージを受ける低酸素脳症等があります。
いずれも、長時間労働等の劣悪な労働環境など、様々な理由で脳がダメージを受け発症する点で共通しています。
(3)高次脳機能障害の項追証該当等級認定基準
高次脳機能障害の後遺障害等級認定基準と判断方法は下記のとおりです。
(a)介護が必要かどうか、労働能力の喪失の程度
最初に、障害の程度が重い場合には、介護を要する状況かどうかを考えます。1級か2級かについては、、常時必要かどうか、あるいは生活上必要に応じて必要かどうかを判断します。
そのうえで、➀常時要介護であれば後遺障害等級1級、②随時介護が必要であれば後遺障害等級2級がそれぞれ認定されます。
ここで、高次脳機能障害における「介護」の必要性は、肉体的な介護だけでなく、当人に対する監視が必要かどうか、という観点でも判断されます。
つまり、後遺症が残ったけがや病気により一定の障害の状態にある労働者に対し、常時監視を要する危険な状態かどうか、その監視はどの程度必要か、という観点が介護に必要性や等級認定の判断において大切になってきます。
また、3級以下については、労働能力の喪失の程度が基準になります。
例えば、図表のFに該当すれば、後遺障害等級ですと「高次脳機能障害のため労務に服することができないもの」として3級に該当する可能性があります。
(b)高次脳機能障害整理表
介護・監視が必要でないとされた場合でも、生活するうえでの能力にどれだけ支障があるかが次の問題となってきます。
具体的には、高次脳機能障害になると障害が出るとされる、➀記銘、記憶力、認知力、言語力等の意思疎通能力②理解力や判断力等の問題解決能力③作業するときに生じる負荷に対する持続力・持久力④協調性や対人能力等の社会行動能力、の4つの能力について、下記にあてはめ、どの程度支障が生じるか判断します。
図表 高次脳機能障害整理表
障害の区分 |
高次脳機能障害 |
|||
そう失の程度 |
意思疎通能力(記銘、記憶力、認知力、言語力等) |
問題解決能力(理解力、判断力等) |
作業するときに生じる負荷に対する持続力・持久力 |
協調性や対人能力等の社会行動能力 |
A 多少の困難はあるが概ね自力でできる |
(1)特に配慮してもらわなくても職場で他の人と意思疎通をほぼできる。 (2)必要に応じ、こちらから電話をかけることができ、かかってきた電話の内容をほぼ正確に伝えることができる。 |
(1)複雑でない手順であれば、理解して実行できる。 (2)抽象的でない作業であれば、1人で判断することができ実行できる。 |
概ね8時間支障なく働ける。 |
障害に起因する不適切な行動はほとんど認められない。 |
B 困難ではあるが概ね自力でできる |
(1)職場で他の人と意思疎通を図ることに困難を生じることがあり、ゆっくり話してもらう必要が時々ある。 (2)普段の会話はできるが、文法的な間違いをしたり、適切な言葉を使えないことがある。 |
AとCの中間 |
AとCの中間 |
AとCの中間 |
C 困難はあるが多少の援助があればできる |
(1)職場で他の人と意思疎通を図ることに困難を生じることがあり、意味を理解するためには、たまには繰り返してもらう必要がある。 (2)かかってきた電話の内容を伝えることはできるが、時々困難を生じる。 |
(1)手順を理解することに困難を生じることがあり、たまには助言を要する。 (2)1人で判断することに困難を生じることがあり、たまには助言を必要とする。 |
障害のために予定外の休憩あるいは注意を喚起するための監督がたまには必要であり、それなしには概ね8時間働けない。 |
障害に起因する不適切な行動がたまには認められる。 |
D 困難はあるがかなりの援助があればできる |
(1)職場で他の人と意思疎通を図ることに困難を生じることがあり、意味を理解するためには時々繰り返してもらう必要がある。 (2)かかってきた電話の内容を伝えることに困難を生じることが多い。 (3)単語を羅列することによって、自分の考え方を伝えることができる。 |
CとEの中間 |
CとEの中間 |
CとEの中間 |
E 困難が著しく大きい |
(1)実物を見せる、やってみせる、ジェスチャーで示すなどの、いろいろな手段と共に話しかければ、短い文や単語くらいは理解できる。 (2)ごく限られた単語を使ったり、誤りの多い話し方をしながらも、なんとか自分の欲求や望みだけは伝えられるが、聞き手が繰り返して尋ねたり、いろいろと推測する必要がある。 |
(1)手順を理解することは著しく困難であり、頻繁な助言がなければ対処できない。 (2)1人で判断することは著しく困難であり、頻繁な指示がなければ対処できない。 |
障害により予定外の休憩あるいは注意を喚起するための監督を頻繁に行っても半日程度しか働けない。 |
障害に起因する非常に不適切な行動が頻繁に認められる。 |
F できない |
職場で他の人と意思疎通を図ることができない。 |
課題を与えられてもできない。 |
持続力に欠け働くことができない。 |
社会性に欠け働くことができない。 |
(c)後遺障害等級表
そのうえで、(2)(b)で評価・分類した結果を、図表 の後遺障害等級表にあてはめて、等級を判断します。
図表 高次脳機能障害の認定基準
等級 |
障害の状況 |
1級 |
高次脳機能障害のため、生命維持に必要な身の回りの処理の動作について、常に介護を要するもの 以下の(a)又は(b)が該当する (a)重篤な高次脳機能障害のため、食事、入浴、用便、更衣等常時介護を要するもの (b)高次脳機能障害による高度の認知症や情意の荒廃があるため、常時監視を要するもの |
2級 |
高次脳機能障害のため、生命維持に必要な身の回りの処理の動作について、随時介護を要するもの 以下の(a)、(b)又は(c)が該当する (a)重篤な高次脳機能障害のため、食事、入浴、用便、更衣等常時介護を要するもの (b)高次脳機能障害による高度の認知症や情意の障害、幻覚、妄想、頻回の発作性意識障害のため随時他人による監視を必要とするもの (c)重篤な高次脳機能障害のため自宅内の日常生活動作はできるが、1人で外出することなどが困難であり、外出の際には他人の介護を必要とするため、随時他人の介護を必要とするもの。 |
3級 |
生命維持に必要な身の回りの処理の動作は可能であるが、高次脳機能障害のため労務に服することができないもの 以下の(a)又は(b)が該当する (a)4能力のいずれか1つ以上の能力が全部失われているもの (b)4能力のいずれか2つ以上の能力の大部分が失われているもの |
5級 |
高次脳機能障害のため、きわめて軽易な労務のほか服することができないもの 以下の(a)又は(b)が該当する (a)4能力のいずれか1つ以上の能力の大部分が失われているもの (b)4能力のいずれか2つ以上の能力の半分程度が失われているもの |
7級 |
高次脳機能障害のため、軽易な労務にしか服することができないもの 以下の(a)又は(b)が該当する (a)4能力のいずれか1つ以上の能力の半分程度が失われているもの (b)4能力のいずれか2つ以上の能力の相当程度が失われているもの |
9級 |
通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの 高次脳機能障害のため、4能力のいずれか1つ以上の能力の相当程度が失われているものが該当する。 |
12級 |
通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、多少の障害を残すもの 4能力のいずれか1つ以上の能力が多少失われているものが該当する。 |
14級 |
通常の労務に服することはできるが、高次脳機能障害のため、軽微な障害を残すもの MRI、CT等による他覚的所見が認められないものの、脳損傷があることが医学的に見て合理的に推測でき、高次脳機能障害のためわずかに能力喪失が認められるものが該当する。 |
(d)日常生活における状況
(イ)「日常生活状況報告表」
高次脳機能障害は、医師の診察や検査のみでは、普段の生活に支障をきたしている障害の状態を把握しづらいという特徴があります。
そこで、労災の後遺障害等級認定の際には、日常生活状況報告表という書面を家族に記入してもらうなどして、日常生活で起こっている障害の程度を検討する材料にしています。
(ロ)日常生活状況についての立証
日常生活状況報告表だけでは、けがや病気により一定の障害の状態にある労働者の障害の状態をすべて書き表せない場合があります。そうした場合は、報告表に加えて、けがや病気により一定の障害の状態にある労働者本人の状況を家族などが詳細に記した意見書や陳述書を出すことが有効になってきます。
特に、可能であれば、➀等級認定時だけでなく発症時からのけがや病気により一定の障害の状態にある労働者の状態を詳細に記した日記のような形式で記録したもの、②リハビリで通所している施設やリハビリテーションセンターなどの職員の証言や陳述、などといった証拠を労基署に提出することができれば、より重要な等級の判断軸となるでしょう。